台湾の原住民のことばを研究しています

月田尚美

 台湾の原住民の言語を研究している,というと,タイと間違えられることがある。それはちょっとひどい例だと思うが,台湾だと分かってくれても,台湾に原住民っているんですか,とか,それって中国語とは違うんですか,などと聞かれる。

 台湾に原住民はいる。パック旅行の台湾行きでも,九族文化村や花蓮のアミ族の踊りのショーを見学するコースがあるので,そういうのを見たことがある人はご存知かもしれない。年配の人なら,高砂族,高砂義勇隊,というのを耳にしたことがあるかもしれない。昔,日本統治時代の1923年から1945年まで高砂族という名称が使われた(若い学生だと日本が台湾を統治していたことを知らないものもいる)。今では自ら台湾原住民と自称している。高砂義勇隊は太平洋戦争の時に彼らが志願して南洋へ従軍した時の隊名である。彼らの志願の影には日本総督府の徹底的な皇民化政策があった。

 台湾原住民の言語は中国語とは全く関係が無い,オーストロネシア語族に属する言語である。そういうと,オーストロネシア語族って?と聞かれる。印欧語,アルタイ諸語などは一般の人でも聞いたことがあるかもしれない,わりとメジャーな名称である。しかしオーストロネシア語族という名称を聞いたことがあるという人は本当に限られるだろう。南島語族とも訳されるこの語族は,東はイースター島,西はマダガスカル,南はニュージーランド,北は台湾という広大な地域に広がり,500の言語を含む大きな語族である。メジャーな言語では,インドネシアの諸言語,フィリピンの諸言語(タガログ語など)がこれに含まれる。台湾の言語はフィリピンの言語と近い関係にあり,似ている。他にハワイ,トンガ,フィジー,パラウ,ヤップなどの言語も含まれる。オーストロネシアとオーストラリアを間違えられたこともあるが,オーストラリアの言語,それとニューギニアの言語も含まれない。

 もう1つ言われるのが,中国語で調査するんですか,中国語ができるんですねー,ということである。実は私は日本語で調査している。70歳代以上の年寄りは日本語のほうが得意で,國語は苦手である。ということで私も國語(=中国語)は苦手である。

 「台湾原住民」は台湾の人口の2%弱を占める。これは1つの民族ではなく多くの民族の総称であり,その話す言語も複数の互いに通じない言語に分かれる。人類学では9つの民族に分類することが多く,政府や一般市民もそう認識している。その話す言語は14の言語に分けることができる。私が今調査しているのはセデック語という言語で,これを話すのは人類学的にはアタヤル族の1支族であるとされる。2万5千人の人口を持つ。

 このセデックという言い方も実は台湾では通じにくい。先にも述べたようにセデック族という民族は一般には認知されていない。話者自身であっても,多くの場合これは他称である。セデック語の最大の方言であるタロコ方言の話者は自分たちはタロコであると主張する。私が調査しているのはこのタロコ方言なのであるが,彼らに「セデック(賽徳克)語」と言っても普通は理解されない。タロコのことば(kari teruku),と言う。私はタロコのことばを調べにきました,タロコのことばを教えてください,と言う。Seediq という名称を使うのは論文を書くときや言語学者と話すときのみである。

 台湾では1945年後の大陸での共産党との内戦のあと台湾に逃れてきた国民党が50年以上政権を握っていた。その間國語が強制された。学校からは原住民諸語,ホーロー語,客家語が追放され,マスメディアでの使用も制限されてきた。そのため60歳以下の人たちはほぼ全員自分たちの言語と國語とのバイリンガルである。さらに原住民では10代以下の子供の多くが國語しか話せない。親がそれまでの学校や政府の態度から,子供に母語を学ばせることはよくないと考えてしまい,生まれたときから國語で話し掛けるからである。祖父母も苦手な國語で話し掛ける。子供は親たちが話す民族のことばを理解できずに育つことになる。よりましな場合には聞いて理解できることはできるかもしれない。非常にまれに祖父母と民族の言語で話せる子供がいる。

 このような状況の中,2001年9月から,小中学校で「母語教育」の授業が始まった。週に1時間であるが,ホーロー語,客家語,原住民の言語を学校で教えるのである。これで原住民の子供たちが再び自分たちのことばを話しはじめるだろうか。まだ厳しい状況である。まず第1歩として,このことで子供たち,親たちの言語に対する意識がポジティブなものに変わることを期待したい。

セデック族の姉弟

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